昨夜は雪が降ったようですね。
今年は、まだ一度も雪を見ていません。
さみしいです。
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小学生か中学生の頃、
兄に言われたことがあります。
「お前は人の不幸ばっかり見てよろこんで、優越感にひたりたいんだろ。
俺は人が苦しんでるのなんか見たくないんだよ」
それはあるとき、あたしがテレビのチャンネルを、
闘病生活を追ったドキュメンタリーの番組にあわせたときのことでした。
あたしは、まだ幼くて、
世間も知らなければ、友情も、愛情も曖昧で、
子どもの無知ゆえの残酷さが残っているころでした。
自分の知らない生き方をしている人を、
ただの好奇心で見ていた気がします。
だから、そう言ってチャンネルを変えようとする兄に、
「だって見たいんだもん!」
としか反論できなかったのを覚えています。
同時に自分がものすごく性格悪い子なんじゃないかってショックで(苦笑)
結局チャンネル勝負には負けてしまいました。
それから高校まで、
ドキュメンタリーにたいした興味も示さなくなりました。
しかし、演劇を始めて、
人間が生きることに向き合わなければならなくなったとき、
初めてドキュメンタリーの存在する意味が、分かった気がしました。
優越感に浸るという言葉の印象は、
一般的にいいイメージはありません。
でも、それは、
何かと、誰かと比べて、
今幸せに生きられることへの感謝の気持ちを思い出すということと、
少しも変わらないんじゃないかと。
◆◆◆
時間をつぶすように日常が通り過ぎるのを待つひともいる。
退屈な毎日だと、繰り返す毎日を見つめないひともいる。
それでも、
そんな毎日が、本当はこんなに幸せだったんだって。
自分が生まれたことも、
健康に学校に行ってることも、
恋が出来ることも、
友達とはしゃげることも、
未来に夢を抱けることも、
奇跡みたいに幸せなことなんだって、
毎日思いながら生きたい。
わかってても、
人間は忘れちゃうから。
あたしにとって
生きるということは、
死に向かってゆくことであり、忘れてゆくことである。
そしてそのどんなときも
幸せだと実感していることである。